小林麻央さんは、2年8か月の長い闘病生活の末、逝去された。
最高の治療を受けて、がん治療による苦しみや副作用も相当ひどかったと思う。
家族を思う精神力で、苦しい闘病生活を耐えてきたんだと。
同じがん患者の希望の星であり、克服をとても期待されていたと思う。
一般の方ならもっと早く亡くなっていたのでは?と思う。
市川海老蔵の最後の言葉が「愛している」・・美談やね。
うちのオヤジは意識もなく、呼吸が浅く早くなり旅立ったけどね。
週刊ポスト、週刊現代他雑誌では「がん」や医療に関わる特集記事が頻繁にあっる。
抗がん剤はピンポイントでがん細胞にいかず、広範囲に広がるため、他の細胞にもダメージがある。
最新の医療技術では、がん細胞へ直接ダイレクトにピンポイントに攻撃できるように技術研究が続いている。
上記のそんな雑誌の記事によると、
もし医師ががんに罹患した場合、医師は抗がん剤治療を受けない、または積極的にしない・・とあった。
それだけ、効果と副作用を考えると疑問視されているのかな?と。
私の父は、2年前に食道がんで亡くなった。
食道がんにかかる確率は、国立がん研究セーター がん情報サービスによると、
男性で2%で45人に1人、女性は0.4%で228人に1人の割合。
これは同じ消化器系の胃がんや大腸がんに比較すると高い割合でもない。
食道がんが男性で多いのは、生活習慣となる飲酒と喫煙が大きな原因である事が判明している。
その他に、熱い食べ物や飲み物、辛い物を好んだり、野菜や果物をあまり食べない事も
食道がんの発生に影響していると判断されている。
食事が喉をとおらず、当初は医師から胃カメラを進められたが、なぜかかたくなに拒み、いよいよ食べられなくなり、胃カメラで診察を受けると・・
食道がんが悪化した状態であった。ステージⅢ、で気管に滲出している状態であった。
すぐに総合病院に入院したが、79歳と高齢であり、糖尿病、高血圧もあり、
手術と抗がん剤治療は体力的に不可とされた。
もし、手術をすると、食道を切除して、胃袋を喉まで持ち上げる手術なので、8時間がかりの大手術となるとのことだった。
残るは、放射線治療のみとなった。
その放射線治療の年配の女医は、放射線を受けることにより、正常な細胞も影響があるので、その後遺症は肺になるので、場合によっては肺炎等になるかもしれないとのこと。
藁にもすがる思いで、医師の言う事を信じて、放射線治療を受けた。
一ヶ月間にたしか・・15回だったか、記憶は定かではないが、ほぼ連続して照射された。
父の場合、肺機能には問題はなく見えたが、皮膚に後遺症がでた。
放射線焼けという症状らしいが、皮膚の細胞が放射線治療によりダメージを受けて、腹部の皮膚が黒ずんで、かさぶたのように白くポロポロ、頭のフケのような感じで、落ちてくる。
痒みもあり、腹部を指でかくと、白いフケ状の皮膚がポロポロ落ちる。
父が、一番気にしたのが、腹部の肌が褐色に変色して見るも無残な色になったことだった。
このような後遺症、副作用は医師からは、なんの説明もなかったので、
父は非常に激怒していたが、すべては後の祭りだった。
そして、肝心の食道がんは・・ほんの少し小さくなっただけで、実際には何も変わらなかった。
かえって、正常な細胞が被害を受けて、後遺症に苦しむ事になった。
それが、前もって分かっていれば、そんな治療を受けずに自然のままに亡くなるまで過ごせたと思う。新たな苦しみもなく。
すべての患者が放射線治療、抗がん剤治療でよくなるとは限らない。
かえって別の苦しみや後遺症、副作用を生み出すのも事実。
そうなっても医師は知らん顔だし、きわめて事務的な処置となる。
結局、その1年後に亡くなったが、亡くなる一週間前から意識がなくなった。
点滴には痛み止めの麻酔剤が入っていたが、別の苦しみを無意識に訴えていた。
声に出す事もできず、血圧低下から、左手の小指先は紫色に変色して痛そうにかばっていた。
その事から、医師の力量や病院の方針は患者や家族からはわからないので、全面的に信用するのは危険だと感じた。
延命治療は父が断ったが、延命治療を望んだ場合は、残された家族は大変な事になるので、相当な覚悟が必要だろう。
食道は沈黙の臓器と言われるほど、悪化してから分かる。
早期発見するには、年一回以上の胃カメラしかない。
がんには良性と悪性があるが、
悪性だと進行が早くて運命からは逃れられない・・。
様々な情報を取り入れて、患者も勉強した方が良い。

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